仙台高等裁判所 昭和29年(う)94号 判決
而して公判廷における証言よりもその前にした検察官に対する供述調書が特に信用すべき状況の下になされたと認めるべき、いわゆる特信性の存在については概括的に特信性ある旨の主張の外特定の事情の存在することは必ずしも之を主張することを要せず、又特信性の有無の判定についても必ずしも特別の資料によるの要なく、裁判所が記録及び証拠の全般に照して、之を判定することを得るものであるから本件において、検察官が特信性を認めるべき事情について特段の主張をせず裁判所も特信性の有無について特段の証拠調をした形跡がないからといつて、その点の審理をしなかつたものということを得ない、而して特信性は、任意性とは観念上別個のものであることはむろんであるが必ずしもある特定の事情の存在を必要とするものではない、本件について之を観るに斉藤四郎の問題の供述調書は供述者たる斉藤が金員を収受した旨の事実に関するもので、之を自供することは自己のみならず、供与者たる被告人が有罪の判決を受ける虞ある事項であるばかりでなく被告人が県会議員で有罪判決の結果失格するという如き事情に在るのであるから、斉藤が公判廷で被告人の面前において真実を供述することは期待し難い事情に在る事柄であるから、被告人の居ない検察官の取調の際の供述は、被告人の面前である公判廷における供述よりも、むしろ信用すべき筋合のもので、かくの如き事情も特信性を肯定すべき一事情たるを失わない、その他記録によつて窺われる本件の捜査及び審理の経過に徴し、斉藤四郎の供述は公判廷における証人としてのそれよりも検察官の面前におけるそれを以て特に信用すべき状況の下になされたものと認めるに足るところである、敍上の説明に反する論旨の見解には賛同し難い、論旨は理由がない。